木村拓哉の裏切りはなぜ…、その理由の裏に工藤静香が関与。最低嫌いと言う前に知るべき暴露話

   

キムタクこと木村拓哉が、なぜSMAP他4人のメンバーを裏切り、事務所に残留しようとしたのか…。

様々なメディアが様々な憶測で報道をしているが、全くと言って良いほど本当のことは語られていない。

残念ながら、今後もテレビなどのマスメディアに解散の本当の理由が出ることは絶対にありえないだろう。

なぜなら、テレビ局というのはお金儲けをしなければならないので、スポンサーなどの関係上、危ない情報を流すことはできないからだ。

さらに、ジャニーズ事務所から「とてつもないほどの圧力」がかかるという事情もある。

ネット上でもSMAP関連の情報は上がっているが「木村拓哉の裏切り」「香取慎吾が原因」「SMAPの仲が悪い」など、SMAPの解散とは全く関係のないものばかり。

おそらく、これから先もSMAPファンは「どうして仲の良いSMAPが解散することになったのか」という理由を知る事は、ほぼ確実にできないだろう。

SMAPの解散は「仲が悪い」などという、そんな子供のような浅はかな理由ではないことは、誰でも想像がつくだろう。

SMAPが木村と他の4人(中居、稲垣、草彅、香取)で対立関係になっているのは、ジャニー社長、メリー副社長、娘のジュリー氏、そしてSMAPの育ての親・飯島三智マネージャーの様々な人間関係によって起きた事件なのだ。

SMAPと飯島氏の28年の壮絶ストーリー。

そして、そのストーリーこそがSMAP1対4の構図を呼び、SMAPの解散という衝撃の結末に繋がっていしまった。

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木村拓哉 裏切りの全真相

今回、パインズニュースは独自ルートにて、事情通から本物の情報を仕入れることに成功。

テレビではもちろん、ネット上でも公開されることはないだろう。

パインズニュースでもSMAP関連の記事はあるが、今回の記事はハッキリいって他の記事とは比べ物にならないほどの裏話だ。

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SMAP育ての親「飯島三智マネージャー」

時は28年前に遡る。

 SMAP解散問題はこの女性なしに語ることができない。

そう、SMAPの育ての親、飯島三智マネージャーである。

今でこそ、業界で圧倒的な存在になっている飯島氏だが、当時、彼女はジャニーズの子会社の一事務社員だった。

事務社員だった飯島氏だが「私も芸能人、タレントのプロモーション又はマネージメントをしたい」

と直訴した。

 

基本的にそのような熱い人間が好きなメリー喜多川副社長は、

「いいんじゃない?」

ということで集められたのが当時の6人だった。

 

しかし、6人なのではなく、実は事実上は2人だった…。

その2人というのは木村拓哉と、今は脱退している森且行だ。

ジャニー社長は基本的に東山紀之、マッチ、滝沢秀明といった、王子様キャラしか認めていない。

木村と森はジャニー社長も認めており、とりあえず飯島氏の元へ預けられることになった。

 

一方、ジャニー社長から落ちこぼれの烙印を押されていたのは中居、稲垣、草彅、香取の残った4人。

木村と森は認められていたのだが、ジャニー社長から落ちこぼれの烙印を押されていたのが残る4人のメンバーだった。

歌を歌えない中居、何をやらせていいのか分からない稲垣、草彅、ダンスも得意ではない香取だった。

SMAPの本来の姿というのは、この4人の落ちこぼれを木村、森というスーパースターの素質をもった2人に合わせたのがSMAPの姿。

この話を知っている世間の人が一体何人いるだろうか。

しかし、この真実の話こそが、まさにSMAP1対4の対立関係を作りだすキッカケであり、現在のSMAP解散という衝撃的な事件につながるのだ。

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飯島氏「伝説のマネージメント」の幕開け

飯島氏がSMAPを任された時はまだ30代前半であったが、彼女のマネージメントは凄かった。

飯島氏がSMAPを売り込みに行く先々で、彼女はSMAPのことを「うちの子」と呼び、まるで本当の我が子のように扱っていた。

なぜそこまでSMAPに愛情を注ぎ、息子のような扱いをしていたのか…。

そう、飯島氏には子供がいなかった。

だから、任された5人を我が子のように本気で育てたのだ。

土下座してまでもSMAPを売り込む飯島氏。

 

当時、バラエティ番組史上最高の視聴率を取る(ちなみに今でもその記録が破られていない)板東英二が司会の「マジカル頭脳パワー」というお化け番組があった。

その番組にSMAPを売り込むべく、飯島氏はなんと土下座をしてまでもSMAPを「マジカル頭脳パワー」に出演させた。

そこで、まだ年端もいかない十代そこらのSMAPに、一人ひとりに箱が与えられてジェスチャークイズなどをやったりしていた。

時に、一つの箱に6人が入り「おい、6人も入れねーよー!」などと言って視聴者を楽しませ、人気が爆発した。

結果、この「マジカル頭脳パワー」がキッカケで国民的な知名度を獲得することになったのだ。

 

こうして飯島氏は、視聴率30%を取るのが当たり前のお化け番組「マジカル頭脳パワー」にSMAPを出演させるべく、「うちの子はなんでもやります」と言って全エネルギーを降り注ぎ、SMAPを爆発的に売り込むことに成功した。

その後、飯島氏は「スマスマ」や「夢がもりもり」という番組にて、綺麗な容姿をした木村拓哉などにも全身着ぐるみを着せ、コントなどにも積極的に挑戦させた。

今となってはアイドルがコントに挑戦するということも珍しくはないが、当時はアイドルがコントをやるということは考えられなかった。

 

さらに飯島氏は、リーダーの中居にはしゃべりの才能があるということを見抜き、司会をやらせ始めた。

さらに、当時フジテレビのプロデューサーだった現在のフジテレビ社長の亀山に飯島氏が掛け合い、月9の主演を木村拓哉に決めた。

このように、飯島氏は信じられないほどのマネジメント力を発揮して、SMAPを国民的アイドルの座へと成長させたのだ。

稲垣や草彅や香取らも例外ではなく、飯島三智マネージャーが仕事を彼らに持ってきたのだった。

これは事実であり、草彅や香取らが飯島氏をここまで慕う理由はこうした背景があるというわけだ。

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I担の設置

 ものすごい勢いでSMAPを国民的アイドルに育てた飯島氏だが、ここから話がややこじれてくることになる。

2004年~2005年あたりに、テレビ各局にI担というものが設置され始めた。

I担のIは、飯島氏のアルファベットの頭文字を取ったもので、飯島三智担当という窓口がテレビ各局に設置されたのだ。

これはどういうことか簡単に言うと、飯島氏はそれほどまでの巨大な「権力」持ち始めていたのだ。

「I担」のようなものができるのは芸能界でも数人しかいないと言われている。

圧倒的な権力を持ち始めた飯島氏———。

テレビ各局のI担は、飯島氏に気に入られるような条件の人物しか配置されなかった。

その条件とは、死ぬほどハンサム、死ぬほど二枚目、スポーツをやっている、さらに若めの男性というのが条件だった。

この条件に当てはまる男性が、それぞれのテレビ各局のI担になっていた。

飯島氏は「SMAPの育ての親」ということで、それほどまでに絶大な権力を握るようになっていたのだ。

飯島氏豹変

 金と権力が集まりすぎた飯島氏は、このあたりから以前の飯島氏とは変わっていった。

「うちの子はなんでもやりますから!」と言っていた以前の飯島氏から別人のようになっていく。

変わってしまった飯島氏が最もモメた事件が木村拓哉主演のドラマ&映画「HERO」である。

この映画は、木村拓哉が最高にカッコイイはずの映画であることは「HERO」を観たことがある人にはお分かりだろう。

しかし、映画の「HERO」ではおかしな人物が出演して、おかしなことになっている。

 

そう、韓流スターだ。

しかも、上段を堂々と占めている。

2004年~2005年に日本中を狂気のような韓流ブームが到来した。

韓流ブームの初期は「冬のソナタ」というドラマで、ヨン様ことぺ・ヨンジュンが圧倒的な人気を獲得していた。

ヨン様以外にも韓流四天王と呼ばれるような韓流スターが次々と出てきて、日本中がとにかく韓流ブーム一色に染まったのだ。

実は、この狂ったような韓流ブームの時期に、なんと飯島氏も韓流ブームにハマっていたという。

その当時の飯島氏の韓流ブームへのハマりようは凄まじかったようで、飯島氏のお気に入りは写真の韓流スターだったそうだ。

そして、フジテレビが「HERO」を映画でやりましょう、という話を飯島氏に持って行ったところ、飯島氏は「韓流スターの彼に会いたい」と連呼した。

I担は困り果て、「ちょっと上と相談します」と言ったのだが、その当時のフジテレビ映画局の局長が亀山氏だった。

亀山氏は結構な予算を動かすことができる人物であったことに加え、実は亀山氏はドラマ「ロングバケーション」のプロデューサーもやっていた為、飯島氏との仲はありえないほど良かったのだ。

フジテレビ社内では「飯島さんかぁ、、」「あの人は言い出したらホント聞かないからなぁ、、」という話が永遠とされることになったそうだ。

そして、挙句の果てにはなんと、一度決まっていた映画「HERO」の台本を書き直すことになったのだ。

出演するはずのなかった韓流スターが突然出てきて、突然韓流スターがものすごいカッコイイ役として登場するという台本に加筆修正させられた。

飯島氏が「韓流スターに会いたい」という理由だけで、韓国ロケまで付け加えさせられることにもなった。

この飯島氏の暴走にフジテレビ社員は全員ドン引き。

それから「飯島三智はめんどくさい」のレッテルが貼られるようになった。

「飯島三智は言い出したらとにかく聞かない」とフジテレビ全社的に課題だったそう。

「うちの子はなんでもやりますから」と頭を下げて回っていた頃の飯島氏の姿は完全になくなっていた。

飯島氏のこの暴走っぷりは、実はテレビ業界では全員知っているほど有名な話なのだ。

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疑念を持ち始める木村拓哉

 その頃、頭を下げて回っていたのは木村拓哉だった。

「うちのわがままマネージャーがご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

フジテレビの色々な部署を自ら回って謝罪をした。

これが2007年頃の話だが、この頃あたりから木村と飯島氏の関係はあまり良い状態とは言えなくなり始めた。

木村は大人な態度を取り続けてはいたが、この「HERO」の飯島氏の暴走を目の当たりにして、木村は飯島氏に疑念を抱き始めたのだ。

14の温度差の正体

 このあたりからSMAPは分裂をし始めることになってしまう。

ジャニーズ事務所から落ちこぼれのレッテルを貼られ、捨てられる同然だった残りの4人にとって、ジャニーズ事務所に対しての恩義はほぼ無いに等しかった。

残り4人にとっては、自分たちのことを首にしようとしていたジャニーズ事務所よりも、MC力を拾ってくれたり、ドラマをブッキングしてきてくれたり、本当に自分たちの事を育ててくれた飯島氏に対して恩義があったのだ。

一方、木村にとってはジャニーズが拾ってくれたということもあり、ジャニーズ事務所に対して恩がある。

飯島氏に対してはむしろ、自分のスター性にひっついてきている感も感じていたようだ。

木村と中居、稲垣、草彅、香取の温度差はこの背景にあったのだ。

SMAPというのは元々14で温度差があるグループだったということだ。

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キムタク 工藤静香との「でき婚」

木村は工藤静香と「でき婚」をすることになった。

これはジャニーズとしては「ありえない」ことであり、飯島氏も当然のことながら怒りをあらわにした。

「ありえない、ファンを裏切るようなことをしてはいけない」

しかし、工藤静香としては大切な子供なのでどうしてもオロスとうい事だけはしたくなかった。

工藤静香はメリー喜多川副社長の元へ直談判をしにいった。

そして、情熱を込めて心からメリー氏にお願いをした。

冒頭でもお伝えした通り、メリー氏は「情熱的な押し」に弱いので、工藤静香なら!ということで結婚を許すことに。

つまり、木村、工藤夫妻にとってメリー氏は大恩人とういわけだ。

娘の命を救ってくれたという気持ちもある。

SMAPにはこのような歴史的な背景があった。

20151月に大事件

 週刊文春にメリー氏の単独インタビューが掲載された。

メリー氏がわざわざ文春の会議室に出向いたのだ。

そして、メリー氏の娘であるジュリー氏と飯島氏の間で派閥争いがあるのではないかといういじわるな質問を文春記者にさせた。

メリー氏はその場で飯島氏に電話をかけ、なんと飯島氏を文春の会議室に呼び出したのだ。

メリー氏は、文春の4人の記者が見ている目の前で飯島氏を怒鳴りつけて怒った。

「あんた何を考えているの?(ジャニーズ事務所を)出たかったらSMAPを連れて出なさい!」

文春はその光景を大スクープとして報じた。

メリー氏はなぜ飯島氏に「出ていけ!」と怒鳴りつけたのか。

簡単な話が、飯島氏の権力が大きくなりすぎていたということだ。

それが、ジャニー社長やメリー氏からすれば「どうなのだ?」ということだったようだ。

ジャニーズ事務所というのは株式会社なのだが、上場はしておらず完全なる一族経営の為、ジャニー社長が好き放題できる会社なのだ。

しかし、飯島氏がSMAPの成功であまりにも祭り上げられていたことが、どうやらジャニー社長らの堪にさわっていたらしい。

文春の会議室でメリー氏に怒鳴りつけられるとうい屈辱を味わった飯島氏は、20154月~9月頃まで他芸能プロの有力者たちと何度も会っていた。

そして、201510月、飯島氏はついにジャニーズ事務所から独立することを決断した。

飯島氏の独立はもちろん「SMAPを連れて」ということになるのだが、木村もその時は独立という道を一度は決断した。

しかし、工藤静香はこれを許さなかった。

「それ(ジャニーズ独立)は絶対に嫌だ。メリーさんが私たちにとってどういう存在なのか分かっているの?」

ジャニーズではタブーとされている結婚を許してくれて、出産までも許してくれたメリー氏への恩義がある工藤静香は、木村がジャニーズ独立をするなどということは考えられないということで、懸命に訴えた。

木村自身もメリー氏への恩は強く感じていた為、一度はジャニーズ独立を決断したが、2015年上旬に、やはりジャニーズ事務所へ残留ということで意思を固めた。

これが、現在世間でスポーツ新聞などで報じられている「木村の裏切り」の真相はこういうことなのだ。

そして、2015年下旬、タモリの育ての親である田邊エージェンシーの田邊氏が5人を説得することに。

田邊氏は芸能界で人格者として知られており、田邊氏が動いた以上、彼のメンツを潰すわけにはいかないということでSMAP5人は継続をすることになった。

この話は内々で進められる予定だったが、週刊新潮がスクープしたことにより情報が世間に漏れ、公開謝罪会見へと発展した。

モヤモヤが取れない木村以外の4人は、モヤモヤを抱えながら我慢して活動を続けてきた。

しかし、ここにきてやはり育ての親である飯島氏がジャニーズ事務所から追い出されたのにもかかわらずグループ活動を続けるということがどうしても引っかかり、我慢ができなくなったというわけだ。

これがSMAP解散に至ったすべての経緯だ。

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まとめ

 さあ、今回のSMAP解散はいったい誰が悪かったのか?

飯島氏は全力でSMAPを育て上げた。

その飯島氏に恩義を感じる中居、稲垣、草彅、香取。

メリー氏に恩義を感じる木村、工藤静香。

娘であるジュリー氏のライバル関係にある飯島氏が暴走を始め、母としてそれをけん制したメリー氏。

飯島氏がいなければ間違いなくここまでの国民的アイドルグループになっていなかったSMAP。

そのSMAPの、木村以外の4人が飯島氏に強く恩義を感じているのはここまでの話を知れば理解できるだろう。

自分たちを育ててくれた親が事務所から追い出されたのに、今まで通り笑顔で活動できるだろうか?

ファンは笑顔のSMAPを見たいかもしれないが、笑顔で活動できるほうがおかしいのではなかろうか。

始まりがあれば、終わりがある。

SMAP今までありがとう、と思うのか

想いはそれぞれのようだ———。

 

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